神奈川県二宮町の吾妻神社と浅間神社にお参りしました。
「吾妻山公園の上からの眺めはもちろん、歩くのも食べるのも楽しめる町だよ」と友人に勧められたのです。行ってみると、確かに二宮駅から一歩出ると、そこにはゆったりとした時間が流れていました。
山の途中に、歴史を感じる木々に囲まれた静かな神社があります。
それが吾妻神社です。ここでは、散策しながら花を楽しむことができる参拝コースをご紹介します。
吾妻神社はなんの神様?
吾妻神社は、JR東海道線の二宮駅から北に5分ほど歩くと出てくる吾妻山公園の奥に鎮座しています。駅のまわりは観光地というより、暮らしの中に海と山が近くにある町、という印象でした。
駅から少し歩くだけで吾妻山の入口にたどり着き、坂道を登っていくと、花や木々の気配が少しずつ濃くなっていきます。季節の花の名所でもあるようで、公園の入口には、お花の見ごろがわかる地図の看板もありました。
御祭神は弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)と、日本武尊(やまとたけるのみこと)。
日本武尊が東征の際、浦賀水道で暴風雨に遭い、妃である弟橘姫命が海神の怒りを鎮めるために身代わりとなって入水しました。その後、海岸(梅沢海岸付近)に弟橘姫命の櫛(くし)が流れ着き、それを吾妻山の山頂に埋めて祀ったのが神社の始まりと伝わります。
公園に入ってしばらく山道を歩き、展望台に上がる手前に神社はあります。突然、立派な社殿が出てきて驚きましたが、これは1930年(昭和5年)に設計されたもので、明治神宮や橿原神宮、築地本願寺などを手がけた著名な建築家、伊東忠太によるものと聞き、納得しました。
弟橘姫命の深い愛情の伝説から、現在は縁結びの神様として広く信仰されています。吾妻神社の由緒では、弟橘姫命の櫛が海岸に流れ着き、それを吾妻山に埋めて祀ったと伝えられています。また、この地域には小袖や袖ケ浦にまつわる伝承も残されています。
以前、横須賀の走水神社でも、この弟橘姫命の伝説に触れました。
走水神社では、境内から海が見えるためか、荒れた海に向かう物語の緊張感が強く残っているように感じました。でも二宮の吾妻神社は、基本的には山の中。同じ伝説でも、木々の中に静かに残された記憶の場所に出会ったような感覚でした。
浅間神社はなんの神様?
吾妻神社へ向かう道の途中、ふっと空気が変わるように現れる小さな神社がありました。
浅間神社です。
ご祭神は、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)。境内はとても静かで、こちらも山の中にそっと、でも明るい光に守られているような場所でした。伺った時は紫陽花がたくさん咲き、朝から散策する地元の方々に出会いました。
二宮町上町地区の氏神であり、地元では「浅間さん」として親しまれているそうです。縁結びの神として知られるほか、子育てや子安の神としても信仰されています。
吾妻神社で起きた 心痛む事件とは
浅間神社からまた森の中に戻り、しばらく歩くと吾妻神社の案内板が出てきます。
実は最近、吾妻神社では心痛むことが起きました。誰かが社殿裏の塀の屋根70枚もの銅板を持ち去ったのです。神社手前の案内板の近くには、被害を受けた社殿の写真が新聞記事と一緒に貼ってありました。
「被害現場を見てから、ご参拝ください。それが早期修復につながります」
実際に現場を見ると、さらに痛みはつのります。それでもこうして伝えてくださるところに、長い歴史を守ってきた吾妻神社の毅然とした姿が伝わってきました。
吾妻神社に伝わる物語が体感できる、山頂の展望台
吾妻神社にお参りしたあと、展望台まで足を延ばしてみました。
山頂に出ると、それまで木々に包まれていた視界が一気に開けます。この日は見えませんでしたが、西には富士山、箱根、丹沢。南には相模湾。晴れた日には大島や初島まで望めるそうです。
弟橘姫命の伝説を思いながら海を眺めると、吾妻神社がただ山の中にある神社ではなく、海の記憶をもつ場所であることがあらためて感じられました。
この吾妻神社で人気があるのが、木製の御朱印です。吾妻神社には授与所はありませんが、近くの神社でいただくことができます。
川勾(かわわ)神社。二宮町の語源になったとされる、こちらも伝統の神社です。帰りは公園の道ではなく、昔からの長い参道を降りて、そちらに向かいました。
吾妻神社へのアクセス
吾妻神社 御祭神 弟橘姫命 日本武尊 住所:神奈川県中郡二宮町山西1117(吾妻山公園内) アクセス:JR二宮駅 徒歩15分

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