奈良を歩くと、鹿は風景の一部のようにそこにいます。
けれど春日大社を訪ねると、それは単なる観光の景色ではないと気づきます。天然記念物として町ぐるみで鹿が守られ、敬われている。では、なぜ春日大社に鹿がいるのでしょうか。御祭神との関係は? 鹿島神宮とのつながりとは?
一歩そこに入るだけで安心感が広がる、境内の見どころとその歴史をたどりながら、春日大社と鹿の関わりの姿を見ていきます。
春日大社とは?
奈良に鎮座する 春日大社 は、飛鳥の藤原から奈良の平城京に都が移った奈良時代、後期の768年に、藤原氏の氏神として称徳天皇の勅命により創建されました。全国に約3000社ある春日神社の総本社であり、古来、天皇や貴族から篤い崇敬を受けてきました。
20年ごとに社殿を修復する「式年造替」は60回以上を重ねます(本殿の位置は変えずに建て替え、あるいは修繕を行うため「造替」というそうです)。60回を超えるのは、伊勢神宮と春日大社だけだそうです。
毎年3月13日、最も大切な御神事として非公開で行われる「春日祭」では天皇の勅使を迎え、国家と人々の安泰が祈られます。春日大社が古くから国家祭祀の中心であったことがわかります。
春日大社はなんの神様?
春日大社の御本殿には四柱の神が祀られています。
・武甕槌命(たけみかづちのみこと)
・経津主命(ふつぬしのみこと)
・天児屋根命(あめのこやねのみこと)
・比売神(ひめがみ)
武甕槌命は茨城の 鹿島神宮 の御祭神、経津主命は千葉の 香取神宮 の御祭神です。
つまり春日大社は、東国の武神を奈良へ迎えた場所なのです。
春日大社になぜ鹿がいるの? 鹿島神宮との関係とは?
実は春日大社に伺う前から、大好きだった絵がありました。
春日信仰の中で生まれた「鹿座神影図」です。
白鹿の背に鞍が置かれ、その上に立つ神木の先に、円形の神影が輝く。
神の姿は直接描かれていません。
けれど確かに、そこに“いる”。
その静けさに、なぜか強く心を奪われていました。
春日大社の始まりは、武甕槌命が白鹿に乗って御蓋山(みかさやま)に降り立ったという伝承にあります。奈良時代、中央集権国家を築く中で、東国の武神を都に迎えることは大きな政治的意味を持ちました。白鹿に乗って鹿島から奈良へ――という物語は、国譲り神話の延長線上にある「力の移動」を象徴しています。
思えばあの絵は、春日大社に向かわれる武甕槌命のお姿なのです。けれど、鹿座神影図はその物語を誇示しません。
鹿は跳ねず、吠えず、ただ立っている。
神は描かれず、円光だけが示される。
武を象徴する神を祀りながら、
御蓋山は禁足地とされ、森は伐られず守られてきました。
鹿は、その記憶を今に伝えている存在として、今も大事にされているのです。
春日大社の見どころは?
春日大社の境内には、若宮15社をはじめ62もの摂社・末社があります。良縁で知られる夫婦大黒社、御蓋山の麓に鎮まる本宮神社など、1300年の間に積もった信仰の分厚い地層を感じます。
さらに目を奪われるのは、春日大社の境内と外に伸びる、たくさんの巨木や巨樹をはじめとする木々の姿です。御神木となっている大社の大杉は周囲8.7m、高さ25m、樹齢約800年~1000年ともいわれ、鎌倉時代の絵巻物「春日権現験記」では、その幼木が同じ場所に描かれています。
そして何より深い安心感に包まれるのが、朱塗りの社殿を取り囲む「春日山原始林」です。
春日山原始の森は約1000ヘクタール、800種以上の植物が確認される自然林です。奈良時代以来、伐採や狩猟が禁じられ、1955年に特別天然記念物、1998年には世界遺産に登録されました。一部を味わえるハイキングコースもあります。
同じように、鹿も信仰と制度によって守られてきました。現在、奈良公園一帯には約1500頭が生息し(奈良の鹿愛護会調べ)、1957年には国の天然記念物にも指定されています。中世にはすでに神鹿を傷つけることが禁じられ、明治の神仏分離や廃仏毀釈の混乱にあっても鹿の保護は続いてきました。現在は、奈良の鹿愛護会が保護と管理を担っています。
ここには国家の祈りと、森と、鹿が変わらず同時にある――
それが、鹿座神影図に描かれている静かな安心感と重なるのだと感じました。
春日美術の鹿の絵は、ほかにも「鹿島立神影図」「春日鹿曼荼羅」などいろいろなものがあります。ぜひご覧になってみてください。
春日大社 御祭神 武甕槌命 経津主命 天児屋根命 比売神 住所 :奈良県奈良市春日野町160 アクセス:JR奈良駅、近鉄奈良駅から奈良交通バス 春日大社本殿行「春日大社本殿」下車すぐ または市内循環・外回り循環「春日大社表参道」下車、徒歩10分 開門時間: 御本社(大宮)参拝所:3月-10月 6:30-17:30 / 11月-2月 7:00-17:00 (祭典の都合により、参拝可能日時が変わる場合あり)

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