横須賀・走水神社のご利益は? ご祭神は? 縁結び・夫婦円満と弟橘媛命の物語にふれる場所

神奈川

走水神社(はしりみずじんじゃ)にお参りしました。
浦賀水道を見渡す高台にあり、豊かな湧き水でも知られる、とても気持ちのいい場所です。

ここには、夫・日本武尊(やまとたけるのみこと)のために海に身を投げたと伝えられる、弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)が祀られています。そこから縁結びや夫婦円満のパワースポットとして知られていますが、実際にこの場所に立ってみると、そうした言葉だけでは言い表せない感覚も残りました。

今回は、走水神社のご祭神とご利益、そしてこの場所に重なる物語についてご紹介します。

走水神社のご祭神は? 見どころは?

走水という地名は、すでに『古事記』(712年)や『日本書紀』(720年)に登場します。かつては古代の要所として、上総(千葉県)を経て東北地方へ渡る古東海道が通っていました。日本武尊がこの場所を「水走る」と讃えたところからこの名前がついたとも言われています。

走水神社にお祭りされているのは、以下の二柱の神様です。

日本武尊
弟橘媛命

景行天皇40年(110年)、東征に向かう日本武尊がこの地から出発される際、村民に「冠」を授けました。村民がその冠を石櫃に納め、その上に社殿を建てて尊を祀ったのが始まりとされています,。

日本武尊が上総国に向け海を渡るとき、発した言葉が海神の怒りにふれ、急な暴風雨に見舞われて舟が沈みそうになりました。その怒りを鎮めるため、弟橘媛命は自ら海に身を投じ、夫に代わって犠牲となりました。これによって風波は鎮まり、一行は無事に上総国へ辿り着くことができたと伝えられています,

境内の見どころ

手水舎にある湧水は、深さ30mから湧き出ているミネラルを含む真水で、いただくこともできます。石段を上り切ったところで振り返ると、浦賀水道を一望できます。海にご挨拶をしてから、本殿でお参りします。

本殿の右手裏に進むと、水神社があります。水難から地域の人々を守ってきた河童さまが祀られている、ユニークなお社です。

さらに裏山まで上がると、三つのお社が並んでいます。

諏訪神社建御名方神(タケミナカタノカミ)
神明社天照大御神(アマテラスオオミカミ)
須賀神社須佐之男命(スサノオノミコト)

多くの神様がいらっしゃる、地域で大事にされてきた場所であることが伝わってきます。

走水神社のご利益は?

走水神社は、弟橘媛命の深い愛の行いにあやかり、女性に力を授ける場所として人気を集めています。

夫婦和合・縁結び:夫婦の絆を深める、良縁を招く
女性への御神徳:良縁祈願、家庭円満
航海安全:航海の安全を願う「舵の碑」も境内に残ります

走水神社の意外な歴史とは?

弟橘媛命が海に身を投げる前、かつて相模の燃える野原の中で自分の身を案じてくれた夫への想いを詠んだとされる歌があります。

さねさし さがむ(相模)のをぬ(小野)に もゆるひの
ほなかにたちて とひしきみはも

1910年(明治43年)、走水神社にこの歌を刻んだ歌碑が建立されました。発起人には、日露戦争の司令官・東郷平八郎や乃木希典をはじめとする7人の軍人の名前が並びます。説明には弟橘媛命の忠誠を讃え、「女子亀鑑たるのみならず、またもって男子の模範たるべし」と記されていました。

読みながら、この場所に重なるいくつもの歴史を感じます。

水神社のそばには、日露戦争で引き上げたとされるロシアの機雷が置いてあります。歌碑建立の発起人の一人で、横須賀鎮守府司令長官だった上村彦之丞が納めたものです。走水神社は女性に力を授ける場所であるとともに、場所柄、日本軍からも篤い信仰を集めてきた場所でもありました。

豊かな湧き水が流れる中で、古事記から100年前の戦争までを含めた時間の重なりを思うと、今の時代にこの場所を訪れることができた感謝の気持ちが湧いてきます。地元の家の屋根が並ぶ向こうに広がる海をしばらく眺め、いいものをたくさんいただいた気持ちになって石段を降りました。

走水神社へのアクセス

走水神社
 御祭神
  日本武尊
  弟橘媛命

住所:神奈川県横須賀市走水2丁目125/駐車場無料・トイレあり
アクセス:京急馬堀海岸駅からバス「観音崎行」(約8分)または
   JR横須賀駅からバス「観音崎行」(約20分)→「走水神社」バス停下車すぐ
  
開門時間:参拝は終日可能 社務所は9:0015:00

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