神倉神社の急な石段を降りたその足で、熊野速玉(はやたま)大社へ向かいました。15分ほど歩く間も、ゴトビキ岩の張りつめた空気が、まだ体のどこかに残っています。
同じ新宮の街なか、歩いて行ける距離なのに、一度、あの別世界から人里に降りて、またどこか違う次元に向かう――地続きのまま別の世界に入っていくような、不思議な感覚を覚えました。
熊野は「甦りの地」――言葉は知られていても、三山のどこがその中心なのかは、案外知られていません。今回は速玉大社で出会った樹齢千年のナギの大樹と、いただいた熊野牛王宝印のお話をご紹介します。
熊野速玉大社とは? 御祭神は?
熊野速玉大社は、全国に数千社ある熊野神社の総本宮のひとつです。公式サイトによれば、約二千年前の景行天皇の御世、熊野三所権現が最初に降臨した神倉山から現在の地に遷られ、神倉神社の「旧宮」に対して「新宮」と呼ばれるようになったと伝わります。
市の名前である「新宮」の由来が、そのまま神社の歴史でした。
御祭神は、熊野速玉大神(いざなぎのみこと)と、熊野夫須美大神(いざなみのみこと)の夫婦神を主神に、十二柱の神々。国生みの二神を中心とした縁結びと現世利益の信仰で、古くから崇敬を集めてきました。
樹齢千年のナギの大樹
境内で特に印象に残ったのが、平重盛のお手植えと伝わる、樹齢千年、高さ約18メートルのナギの大樹です。見上げた瞬間、ご神気の強さと美しさに足が止まりました。
公式サイトには、こうあります。
熊野権現の象徴として信奉篤く、古来から道中安全を祈り、この葉を懐中に納めてお参りすることが習わしとされています。熊野牛王とナギの葉をいただくことが、難行熊野詣を無事果たす大きな支えとなりました
険しい熊野古道を歩いた人々は、この一枚の葉を懐に、帰り道の無事を祈ったそうです。千年のあいだ、旅人を迎え、送り出してきた木。前に立つと、「道中安全」という言葉がじわりと胸にしみてきます。
熊野速玉大社は「過去」を救ってくれる?
公式サイトによれば、熊野には三山三世という信仰があります。三山が「過去世・現世・来世にわたってお救いくださる神々のまします聖地」であり、熊野古道だけを歩いても三社を参拝しなければ、熊野詣にはならない。実際に、三社の御祭神にはそれぞれに異なるご利益があります。
熊野速玉大社 主祭神 速玉大神(過去世の救済・当病平癒)=薬師如来
夫須美大神(現世の利益)=千手観音菩薩
熊野那智大社 主祭神 夫須美大神(現世の利益)=千手観音菩薩
熊野本宮大社 主祭神 家津美御子大神(来世の加護)=阿弥陀如来
これは、実際に歩くとよくわかるような気がします。
本宮大社ではイメージが大きくこれから先の世界へと広がっていきました。
那智大社では滝を前に心がばしっと現在に向かい、速玉大社では、神倉神社の始まりにも触れ、ゆったりと過去へとさかのぼっていくーー同じ熊野の神域で、時間の向きが違う。三社を続けて参拝してみると、確かにそんな熊野の構造をまるごと受け取りました。
熊野速玉大社の「熊野牛王宝印」の違いとは?
授与所では、ここでも熊野牛王宝印(牛王神符)をいただきました。カラス文字で描かれる熊野の護符は、三山それぞれでデザインが異なります。
本宮は88羽の烏で「熊野山宝印」を、速玉大社は48羽で同じ文字を構成し、那智大社だけは「那智瀧宝印」の文字になります。玉置神社とあわせて壁に貼らせていただいたら、大変な迫力でした。
迷わず人生の再出発を踏み出すための「甦りの地」
公式サイトの一節に、心をつかまれました。
難行苦行の果てにあるもの・・・それは、迷わず人生の再出発を踏み出すための勇気と覚悟の加護にほかなりません。熊野速玉大社が「甦りの地」といわれる本意は、正にここにあります
甦りとは、何かが消えて別人になることではなく、再出発を「迷わず踏み出す」ための勇気と覚悟をいただくこと。
過去の速玉大社、現在の那智大社、そして未来の本宮大社。三つの山の信仰が示す順路は、そのまま人が立ち直る順序でもあるのだと感じました。
再出発を決めたのに、最初の一歩が出ない――そんな時こそ、神が降り立った神倉神社の石段からこの「新宮」へと続く道を、歩いてみるのもいいかもしれません。
帰り道には、近くの「茶房 花風月」へ。いただいたあおさそばが、とてもおいしかったです。磯の香りに、歩き通した体がゆっくりほどけていきました。
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熊野速玉大社へのアクセス
熊野速玉大社 御祭神 熊野速玉大神 熊野夫須美大神 (ほか十二柱の神々) 住所:和歌山県新宮市新宮1番地 参拝時間:日の出〜17:00(授与所8:00〜17:00、熊野神宝館9:00〜16:00) アクセス:JR新宮駅より徒歩20分


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